ドリーミー・ドリーマー
薄い
「じゃあさ、どうなったらハッピーエンドって言えるの?」
まぁとりあえず先に断っておくと、あくまでこれは自分の独断と偏見に満ちた感想であってレビュってるわけでも、批評してるわけでもないですよー、と。
あくまで「自分がそのように感じた」というだけなので話半分から三分くらいで考えてくださいねー、みたいな。
という事で感想。
うん、まぁなんていうか薄いな、薄っぺらい。
主人公の記憶が持ち越せるタイムリープ的なところがファミ通の「カマタリさん」をイメージさせて、「ギャルゲーで正しい道を選ばないと死亡」なところは電撃の「乙女ゲーの攻略対象」のイメージ。
まぁそれ自体はコンセプトや設定が似通った作品なんてどこにでもあるので、この人の持ち味がどこかにあれば問題なかったんだけれど、そしてそれは恐らく後半のシリアス展開になるんだろうけれど。
薄いな!空々しいな!
とりあえず、なんちゅーか主人公が朝比奈さんを好きになった経緯がまるで理解できないんだわ。
「(この世界観の元のギャルゲーの)主人公だから彼女達は自分を好きになる」なんてわざわざ述懐させたのだから、朝比奈さんが主人公を気にする展開にはそれと全く別のちゃんとした経緯を用意しないってのはアカンやろ?
結局、朝比奈さんもまた、主人公が(この作品の)主人公だからだから好きになっているようにしか見えないし、逆に主人公も朝比奈さんを好きになる経緯が「(この作品の)ヒロインだから」に見えてしまった。
実際にはそうではなくてちゃんとした理由を描いていたのかもしれないけれど自分は少なくともそう感じてしまった。
というか、そもそも自分は「主人公だから好かれる」って考え方が嫌いなんですよね。
嫌悪している。
主人公が主人公足りえるのは、あくまで主人公にその作品の主人公足りうる「何か」があるからで、「主人公」という役さえ与えられればどんな役者であろうとその物語が回る、なんてのは嫌で仕方ない。
そも冒頭の「主人公と聞いてどんなイメージを持つ」って言われて最初に浮かぶのは昨今の何一つ秀でたところのない突っ込みという名のダメ出しばかりで建設的な意見の一つも口に出来ないくせにやたらとモテるクソみたいな輩だよ!みたいな。
そういう意味では作者の考え・・・・・なのか、この物語の展開の為の結論ありきな陳述なのか知らないけれど、冒頭のその時点でもう自分はこの作品に対して黄信号が灯っていたわけですが。
それはさておき、この作品は友人関係もそれなりにクローズアップされているわけだけれど、「主人公必要ないよね?」っていう。
あくまで彼らの過去を知る、現在に介入する為に必要な情報を得る。
ただそれだけのイベントになっているというか。
いや、それを悪いとまで言う気はないのだけれど、結局のところそれはつまり主人公補正じゃん?というか。
そもそもゲームに閉じ込められたときに友人キャラは救いになってヒロインは絶望になるってのが意味分からん。
いやま、それ言うと話がまた逸れるから置いておくけど、なんというか、幾重にも「お膳立て」がされているように見えるんですよね。
「こう動けばハッピーエンドだよ?」みたいな。
自力で、自らの行動から掴み取っているように見えないんですよ。
主人公が自ら動く際に得るべき、失敗を恐れる心、正しさに迷う心、先行きへの不安。
そういうネガティブな感情を失敗しても何も失う事のないゲームで丹念に取り除いた上で(それもほとんどその際には自ら動くわけではない)、現実で「じゃあ動こうか?」みたいな感じっていうのかね?
結局この主人公って苦労らしい苦労してないよね?
っていう感じなのかな。
「じゃあさ、どうなったらハッピーエンドって言えるの?」
まぁとりあえず先に断っておくと、あくまでこれは自分の独断と偏見に満ちた感想であってレビュってるわけでも、批評してるわけでもないですよー、と。
あくまで「自分がそのように感じた」というだけなので話半分から三分くらいで考えてくださいねー、みたいな。
という事で感想。
うん、まぁなんていうか薄いな、薄っぺらい。
主人公の記憶が持ち越せるタイムリープ的なところがファミ通の「カマタリさん」をイメージさせて、「ギャルゲーで正しい道を選ばないと死亡」なところは電撃の「乙女ゲーの攻略対象」のイメージ。
まぁそれ自体はコンセプトや設定が似通った作品なんてどこにでもあるので、この人の持ち味がどこかにあれば問題なかったんだけれど、そしてそれは恐らく後半のシリアス展開になるんだろうけれど。
薄いな!空々しいな!
とりあえず、なんちゅーか主人公が朝比奈さんを好きになった経緯がまるで理解できないんだわ。
「(この世界観の元のギャルゲーの)主人公だから彼女達は自分を好きになる」なんてわざわざ述懐させたのだから、朝比奈さんが主人公を気にする展開にはそれと全く別のちゃんとした経緯を用意しないってのはアカンやろ?
結局、朝比奈さんもまた、主人公が(この作品の)主人公だからだから好きになっているようにしか見えないし、逆に主人公も朝比奈さんを好きになる経緯が「(この作品の)ヒロインだから」に見えてしまった。
実際にはそうではなくてちゃんとした理由を描いていたのかもしれないけれど自分は少なくともそう感じてしまった。
というか、そもそも自分は「主人公だから好かれる」って考え方が嫌いなんですよね。
嫌悪している。
主人公が主人公足りえるのは、あくまで主人公にその作品の主人公足りうる「何か」があるからで、「主人公」という役さえ与えられればどんな役者であろうとその物語が回る、なんてのは嫌で仕方ない。
そも冒頭の「主人公と聞いてどんなイメージを持つ」って言われて最初に浮かぶのは昨今の何一つ秀でたところのない突っ込みという名のダメ出しばかりで建設的な意見の一つも口に出来ないくせにやたらとモテるクソみたいな輩だよ!みたいな。
そういう意味では作者の考え・・・・・なのか、この物語の展開の為の結論ありきな陳述なのか知らないけれど、冒頭のその時点でもう自分はこの作品に対して黄信号が灯っていたわけですが。
それはさておき、この作品は友人関係もそれなりにクローズアップされているわけだけれど、「主人公必要ないよね?」っていう。
あくまで彼らの過去を知る、現在に介入する為に必要な情報を得る。
ただそれだけのイベントになっているというか。
いや、それを悪いとまで言う気はないのだけれど、結局のところそれはつまり主人公補正じゃん?というか。
そもそもゲームに閉じ込められたときに友人キャラは救いになってヒロインは絶望になるってのが意味分からん。
いやま、それ言うと話がまた逸れるから置いておくけど、なんというか、幾重にも「お膳立て」がされているように見えるんですよね。
「こう動けばハッピーエンドだよ?」みたいな。
自力で、自らの行動から掴み取っているように見えないんですよ。
主人公が自ら動く際に得るべき、失敗を恐れる心、正しさに迷う心、先行きへの不安。
そういうネガティブな感情を失敗しても何も失う事のないゲームで丹念に取り除いた上で(それもほとんどその際には自ら動くわけではない)、現実で「じゃあ動こうか?」みたいな感じっていうのかね?
結局この主人公って苦労らしい苦労してないよね?
っていう感じなのかな。


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